皇室・皇族の子作り裏事情は都市伝説!?

皇室見聞録管理人の咲耶です。

本日のテーマは 「皇室・皇族の子作り裏事情は都市伝説!」です。


皇族の方々の普段の生活やしきたりって私たちにはナゾが多いですがそれだけに噂ばかりが蔓延してしまうという事態が起きてしまいますよね。

近年では紀子さまが佳子さまを出産されてからの驚くような裏事情が都市伝説のように世間で囁かれていたりします。

皇室・皇族の子作り裏事情は都市伝説!?

皇室のことは色々と興味があるところですが実際に皇族の方々の生活ぶりなどは私たちには計り知れないものがありますね。

そんなナゾが多い世界なだけに、「裏事情」なるものが出回ったりすることも。

例えば皇族の子作りのことについても色々と囁かれています。

なぜか根強く噂されているのは秋篠宮さまが本当は美智子さまの実子ではなく側室が生んだ子供だという都市伝説。

こんな噂が出ている理由は皇太子殿下や黒田家に嫁がれた清子さまとあまりにも似ていないということですが、美智子さまの若い頃の写真を見ると目元とか似てますけどねー。

確かに皇太子殿下や黒田清子さんと比べると体格も秋篠宮さまはスラっと背が高くスタイルもいいですが美智子さまを見ると現在でもスタイルは変わらず、しかも同年代の女性では高身長ですので秋篠宮さまの背格好はお母様譲りということは不思議でもないと思いますよね。

同じ兄弟でも上の子と下の子がまるで似ていなくて背格好も真逆というのは実際にあることです。事実、私と妹がそれに当たり、同じ両親から生まれたとは思えないくらい顔も背格好も似ても似つかない姉妹ですから。

まあ、事実かどうかというよりは、この「裏事情」と称する噂は単なる都市伝説と考えた方がいいのかもしれません。

皇室の歴史を辿っていくと昔には跡継ぎを残すために側室を何人も置いて子作りに励み男の子をもうけるということが当たり前のように行われていましたが、現在では天皇陛下始め皇族の誰も側室を置く人はいませんよね。

側室を持つという習慣がなくなったのは大正天皇からでそれ以前には子作りのために側室を持ちより多くの男子を残そうとしました。

その時代には子供が成人するまでに亡くなってしまうケースが珍しくなかったので跡継ぎを残すという目的で側室制度は皇族として生を受けた身では仕方なかったのかもしれません。

例えばお父様の明治天皇を見てみると正室である皇后のほかに側室が7人いたという裏事情が。

皇后の一条美子(後の昭憲皇太后)に子供ができないため子作りのため側室を置くことにしたということですが、この側室の身分は典侍(ないしのすけ)や権典侍(ごんないしのすけ)の女性で、5人の側室との間に15人もの子供が授かったんだそう。

ですが、そのうち成人まで育ったのはわずか5人。男子に至っては5人のうちの4人が死産または早逝し成人したのが三男で後の大正天皇だけだったんです。

これを見ても昔は跡継ぎを残すためにはより多くの子供を必要としていたということもあり皇室では子作りの裏事情として側室が当たり前だったんでしょうね。

大正天皇が側室の子供ということは都市伝説ではなくれっきとした事実としてよく知られていることですが、お父様も側室の子供です。

その後、大正天皇には正室の貞明皇后との間に昭和天皇、秩父宮さま、高松宮さま、三笠宮さまと4人の男子に恵まれこの時から皇族が側室を持たない制度ができました。

とはいえ大正時代にはまだしっかりと制度化されていたわけではなく、旧皇室典範により制度化されたのは昭和になってからなんだそう。

一般には側室なんていうのは大昔の話かと思ってしまいますが、皇族の裏事情を探ってみると思いのほか最近まで続いた習慣だったんですねー。

ただ、当時は側室という考え方とは違い妃として扱われていたということですので私たちが想像する愛人などといった差別的な立場ではなかったようですね。

当時のことは都市伝説のような不確かな情報がたくさん出回っていますので実際には本当なのかわからない怪しげなものもありますが、昔は情報を知る術がなかったので確かなこともわからず怪しげな裏事情が浮上していたんでしょうけど、現代のように皇族の方々の動向を国民が知る時代になってもやはり計り知れない部分がたくさんあるナゾの多い世界には違いないですね。

昭和天皇は皇后との間に立て続けに4人の女の子が生まれたため側近から側室を置くことを勧められましたがきっぱりと「良宮で良い」とお断りになったそう。

何人かそれなりの家柄のお嬢様をチョイスして写真を陛下に見せても「みんないい娘ばかりだからいいところに決まるといいね♪」とあっさり写真を返し側室は持たなかったんです。

そして今上天皇は美智子さまとはテニスコートの恋で有名な恋愛結婚です。

いつも仲睦まじい姿を私たちに見せてくれて微笑ましいご夫妻で、陛下はご自分の人生で一番良かったのは美智子さまと結婚したことだと仰っているくらいですから長男の皇太子殿下を授かっているにもかかわらず側室と子作りするということはないはずです。

ですので秋篠宮さまが側室の子というのは考えにくいことじゃないかと思います。

皇族の方々の子作りの裏事情はそれこそ本人じゃないとわかるわけないと思うんですがなぜか結婚初夜の儀式のことなど都市伝説として噂されていますよね。

例えば初夜を迎える時には巫女によって身を清め(巫女と一緒にお風呂に入るそう)真っ白の装束を身につけて、床入りの際に白いお餅を食べあって子宝に恵まれるように霊力を与えるとか。

そして監視役が立ち会って初夜を済ませた後でシーツをチェックして花嫁が処女だったことを確認するとか・・・。

皇族の子作りに関する都市伝説が実際に行われていのか、もしあったとしたら今もこの習慣が行われているのかナゾですね。

一説によると大正時代まではこれが行われていたということですが、これも実際にどうなのかというのは定かじゃありません。ただ、これほど国民にとっては皇族の方々のプライベートが興味深いということの表れということなんでしょうね。


紀子さまは佳子さま出産後子作り制限されていた?

秋篠宮妃紀子さまが佳子さまに続いて悠仁さまを出産した時、さまざまな都市伝説が語られていましたね。

雅子さまに男の子が生まれないから子作りに励んで男の子を産み天皇の母になろうとしてるとかしたたかだとか。

また、紀子さまはご結婚されてからぽんぽんと順調にお子様に恵まれて、次女の佳子さまを出産されたわけですが、皇太子妃雅子さまには結婚後かなり長い間お子様ができませんでしたよね。

さらに雅子さまは愛子さまを出産されてから二人目には恵まれませんでした。

皇統を継ぐ男子がいないことで女性天皇問題が浮上している最中に紀子さまが佳子さま出産後11年も経ってから妊娠したことはかなり話題になりましたが、この裏事情に関しても皇族の都市伝説とも言えるような噂が浮上していました。

なんと紀子さまは佳子さま出産後からずっと子作り制限されていたというんです。

詳しく見ていくと、結婚後、順調にお子様を出産される紀子さまに対して一向に懐妊の兆しが見えない雅子さま。やっとできたと思ったら流産してしまい結婚後何年もお世継ぎ問題が取り沙汰されていました。

この時、実は紀子さまは子作りをしないように言い渡されていたという裏事情が出回っていますが、これも都市伝説のようなことなんでしょうか。

確かに佳子さま出産後、悠仁さままで不自然なくらいに間隔が開いてますよね。

普通に二人のお子さんを出産できたということは健康な女性ということで身体的には何の問題もなかったはずですからもし授かるとしたら3人目も間を空けずに授かったはず。

一説によると紀子さまは佳子さま出産後に皇太子妃である雅子さまに子供ができないのに先にぽんぽん子作りするのは・・・みたいなことを皇族の方から言われて制限されていたから11年も間隔が開いたという都市伝説のような裏事情の噂が蔓延しています。

そして、愛子さま出産後二人目が授からないということで、じゃあ紀子さまに次女の佳子さまに続いて3人目を産んでちょうだい!みたいな感じで39歳という女性が子供を産むのには高齢出産の年齢で妊娠したんだということです。

そして産まれてみたらめでたく男の子。これで何とか皇統を途絶えさせることがなくなったので安心♪といった感じなのかもしれません。

でも、もしもこの皇室の都市伝説のような噂が本当だとしたら、皇族の子作り裏事情はかなりブラックな気がしますよね。

さらに、紀子さまは秋篠宮さまと結婚する前に二度の堕胎経験があるということも噂されていますが、このことについても定かではありませんがもしも事実だとしても眞子さまや佳子さま、悠仁さまと同じく秋篠宮さまのお子様には違いないでしょう。

咲耶の感想

ここまで皇室や皇族の子作りの裏事情や都市伝説のような信じられないしきたりを見てきましたが、今上天皇が目指す開かれた皇室は昔に比べればずいぶん実現してきたように思います。それでもやはり不思議な習慣が数多く残されているというのは事実ですよね。

それにしても初夜の儀式の都市伝説はドラマとかで見る大奥の世界のような感じですね(笑)もしも今でもこんなしきたりが行われているとしたら一般の家庭で育ってきた美智子さまや紀子さま、雅子さまは泣きたくなってしまったんじゃないでしょうか・・・。

初夜で子供が授かるように霊力を与えるために白餅を食べたとしても、夜の営みを人に見られながらするなんて授かるものも授からないような気がしちゃいます・・・。

しかもシーツまでチェックされるなんて屈辱ーー!

紀子さまは秋篠宮さまと結婚前に宮さまの子の堕胎経験があるなんて噂もありますが、初夜でチェックの時に困るんじゃ・・・

まあ、そんな心配はどうでもいいとして佳子さまと悠仁さまとの間がかなりの年齢差がある理由がもしも子作り制限されていたというのが事実だとしたら自分の意思で子供を産むこともできない紀子さまはかわいそうかなーと思ってしまいますがそういう世界に飛び込んでしまったから耐えるしかないのかもしれませんね。

明治天皇が皇后以外にたくさんの妃をもっていたということも、住む世界が違うお方ですから私たちの常識では想像もつかないことですね。

ですが陛下自身が好きな人を愛人にできるのならいいですがやはり正室ではないとはいえそれなりの家柄の女性じゃないとダメだと思うので、条件に見合った人を連れてこられて「この人を妃に・・」と決められていたとしたら、それはそれでイヤですよね。

昭和天皇のように「いやだね。」と断れる時代なら自分の意思表示もできたんでしょうけど、跡継ぎができないなら他の女性に産ませるというのが常識のような時代では断れないというのもあるかもしれませんね。

それに女性からしたら「女は子供を産むための道具じゃない!」と言いたくなってしまいます。

たくさんいる妃の中でもお気に入りさんがいたそう。

その女性は園祥子という方でなんと陛下との間にもうけた子供は8人!一番寵愛された人なんだそうですよ!

この園祥子という人は今テレビで活躍している竹田恒泰さんのご先祖です。竹田恒泰さんって本当に皇族の血を引いた人だったんですねー(笑)

この女性を寵愛したからといって陛下が正室である皇后を大切にしていないということではなさそうですよ。

明治天皇がご祭神として祀られている明治神宮には陛下が病弱な皇后がホッとできるように花菖蒲をたくさん植えた御苑があります。ここは現在も散策できるようになっていますがこれを見ると陛下が皇后を大切に思っていたということが垣間見られますよね。

ちなみにここには写真を待ち受けにすると幸運が訪れるという都市伝説が語られている清正井があります。パワースポットに興味のある人は一度足を運んでみてください。ただし、午前中に行くことは必須条件ですよ。理由は参拝者がたくさん訪れると人々が持つ邪気で溢れてしまうため。参拝者がまだ少ない午前中がいいんだそうですよ。

近年ではこの開運法があまりにも知れ渡ってここに来て写真を撮る人が多すぎてパワーがなくなった・・・なんていう噂も聞きますが、その辺はご自分の判断で(笑)

明治以降は一夫一婦制になったのでたくさん奥さんを持つ天皇はいなくなりましたが、外国ではまだ一夫多妻が認められているところもありますよね。

現在、テレビによく登場するデヴィ夫人も実は一夫多妻の国に嫁いで第3夫人となった人。

インドネシアのスカルノ元大統領に見初められて奥さんの一人になりました。

日本では第3夫人なんて聞くと愛人というイメージがしてしまいますがちゃんとした奥様なんだそう。蝶よ花よでチヤホヤされてきたかと想像してしまいますが実際にはかなり波乱万丈の人生を送ってきたということですよ。

いくら一夫多妻が認められていると言っても旦那さんに自分の他に何人も奥さんがいて、今日はこっち、明日はこの子♡なんてされるのは絶対イヤ!!というのが私の感想ですけどね(笑)

今回は「皇室・皇族の子作り裏事情は都市伝説!?」でお届けしました!


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