天皇家・皇室の謎と秘密(愛子様・雅子様・秋篠宮様・紀子様)

皇室見聞録管理人の咲耶です!

今回のテーマは「天皇家・皇室の謎と秘密(愛子様・雅子様・秋篠宮様・紀子様)」でお伝えしたいと思います。

先日、天皇陛下が「生前退位」の意向があるということがメディアで話題になったばかりですが、天皇陛下や皇太子殿下ほか皇族方の動向は常にメディアで取り上げられ話題になることから日本国民の天皇家・皇室への関心の高さが伺えますよね。

スポンサードリンク



でも天皇家って謎だらけですよね。当たり前ですけど一般人にはわからないこともそれはそれはたくさんあります。

日本の天皇家の家系図の謎と秘密は?

i天皇家2

日本最古の旧家である天皇家ですがそもそも家系図ってどこから始まるんでしょうか?謎ですねー。

その昔は天皇は神様とされていたので神話の世界に突入してしまうほど昔から家系図が続いているようです。

神代の時代に遡り、伊邪那岐尊と伊邪那美尊を父と母に持つかの有名な天照大神から始まっているんですねー。

天照大神といえば伊勢神宮の御祭神で知られています。天照大神は皇祖神として、また、日本の国民の総氏神として伊勢神宮にお祀りされていて、天皇家のみなさんや皇室のみなさんが伊勢神宮にお参りに訪れることはよく知られています。

伊勢神宮に斎王として天照大神に仕えるのは古代から天皇家の女子、つまり内親王がつとめると決められていて、それは現代でも受け継がれているようで数年前に行われた伊勢神宮の祭事、式年遷宮では今上天皇のご息女である清子内親王が斎王をつとめていました。

この斎王制度が始まったのははるか昔の飛鳥時代(670年頃)天武天皇がご自分の娘の大伯皇女を斎王として伊勢神宮につかわしたことから正式な制度として確立されました。その後、この制度が廃絶するまでの1330年頃まで約660年間続き、この間60人余りの斎王がお仕えしたそうです。

ちなみに、日本の歴史の中に卑弥呼の時代があるのはよく知られていることですが、実は卑弥呼は天照大神のことではないか?という説もあるんだとか。そもそも卑弥呼の存在や邪馬台国の存在自体が実在したのかというのも謎ですが、卑弥呼の登場する魏志倭人伝と天照大神の神話が記される日本書紀と共通する部分が多く見られるということなんです。

例えば、卑弥呼も天照大神も生涯独身で女性の身でありながら一国を治めていたことや、鏡を持っていた(卑弥呼は銅鏡、天照大神は八咫鏡)こと、また、日本書紀と魏志倭人伝の年代が同じ年代のようであることなどからもしかしたら同一人物?という秘密の説があるんだそうです。そうなると、天皇家の家系図は卑弥呼につながるということになりますよね…これもまた天皇家の家系図の秘密であり謎の部分ですよね。

天照大神から始まる家系図で見ていくと初代天皇として記述されているのが神武天皇で皇統の祖としています。このあたりは神話の世界ですので実在したのかは定かではありません。何しろ崩御した年齢が127歳とか・・・いかにも謎過ぎる神話チックな逸話が多いですからねー。

実在する可能性が高いと言われているのは第10代崇神天皇以降という説や第15第応神天皇以降という説があるようです。応神天皇説が有力のようですが、応神天皇といえば「八幡神」です。数々の武勇伝が残る応神天皇は武神として八幡宮にお祀りされている天皇ですね。応神天皇はお母さんである神功皇后のお腹の中にいるときから天皇に即位することが決まっていたことから「胎中天皇」とも呼ばれるそうです。崩御したのは111歳と驚きの長生きです。これもどうなんだろう・・・と謎が残るところです。

また、現在の皇室との血縁関係が明確にされている天皇で最も古い天皇は第26代継体天皇だと言われています。

かつての天皇家では、側室を持つことが当たり前で、たくさんの側室からたくさんの子供が生まれるため家系図が大変なことになっていました。現代では側室制度がなくなり妻は一人ですので家系図もすっきりしたものになっていますが古代天皇家の家系図はとても入り組んだわかりづらい家系図になっていると思います。

ここでもまた謎なんですが、なぜそんなにたくさんの奥さんを娶らないといけないの?

当時は子供の死亡率が高く小さいうちに亡くなってしまうことが多かったので、よりたくさんの子供を、しかも男の子を授かるためにもたくさんの奥さんを娶る必要があったのかもしれませんね。

これは天皇家の後継者問題が関係してくるというのも理由のひとつなのかもしれませんが、それぞれの一族の政治的意図も多大に関係してくるんだと思います。

かつての天皇家は、叔父と姪の結婚やいとこ同士の結婚などかなり濃い血族結婚が繰り返されていました。これは血筋の問題などが絡んでくるようですが、皇族、天皇の血筋にほかの血筋を入れないようにするためだったんでしょうか。

たくさんの妻を持つことで、母の違う子供たちが同じ父親であるにもかかわらず位の上下が発生し、その中で当然、権力争いが起きる、または、兄弟間など一族の中での権力争いなどからいわゆる「悲劇の皇子」と歴史上に残る親王が存在することも天皇家の謎だと思います。

「悲劇の皇子」の一例を挙げるとすれば、天智天皇を父に持って生まれた大友皇子は第一皇子として皇太子に即位しましたが壬申の乱により叔父である大海人皇子(後の天武天皇)に敗北し自害しました。これは当時の大海人皇子との皇位継承権をめぐる権力争いのために起きた悲劇で、大友皇子は皇太子として即位はしていますが実際に天皇に即位したのかどうかというのは定かではないようです。ただし、明治になってから諡号が贈られ歴代天皇として認められ「弘文天皇」と記されるようになりましたが一説によると弘文天皇の母親の位が低かったことも関係していると言われています。

また、先ほどお話した伊勢神宮の最初の斎王であった大伯皇女の弟、大津皇子。

天武天皇を父に持ち、天智天皇の娘を母に持つというサラブレッド中のサラブレッドのような血筋に生まれたにもかかわらず、母と同じく天智天皇の娘でやはり天武天皇の妃となっていた持統天皇(叔母にあたりますね)の命令により殺されてしまったという悲劇の皇子。

この悲劇も持統天皇の息子である草壁皇子を天皇にしたいという持統天皇との権力争いにより起きた悲劇だったんじゃないかと思います。本当のところは謎が多いのでどうだったのかはわかりませんが、悲劇の皇子が存在したということは事実として残されているようです。

このように、天皇家の家系図を見ていくと数々の謎や秘密が出てくるわけですが、長い長い歴史を持つ家系図ですのでいつの時代も順風満帆にいくなどということは考えにくいことですので多くの謎が残っていたり、たくさんの秘密が隠されていたとしても仕方ないのかもしれませんよね〜。

ですが、今現在の天皇家は側室制度も廃止され、皇位継承権もしっかりと制定されているためこのような悲劇が起きることは考えにくいですよね。ただ、皇太子殿下と雅子様との間に男のお子さんが恵まれないことから一時女帝復活か?という説もありましたがそこも天皇家の謎ということになりますね。

スポンサードリンク



愛子様の現在と影武者の噂

ではここからは今上天皇のお孫さんに当たる愛子様の話題に触れてみたいと思います。

今上天皇のご長男である皇太子殿下の娘さんの愛子様はこの世に生を受けた時からメディアに登場することが多いと思いますが、小さい頃には登校拒否になっていると噂になったりしていましたね。

その理由を宮内庁が発表していましたがどうやらクラスに乱暴な??元気のいい??男の子がいるらしく、大きな声を出したりすることにびびってしまって学校に行くのがイヤになっちゃった・・・みたいな感じの説明でしたよね。

イジメというほどのひどいものではないようでしたが、何しろ皇太子殿下のご息女ですから生まれてからそれはそれは大切にされてきたはず。そんな中、集団生活に入って初めて経験することですので仕方ないかなという感じはありました。その愛子様も現在はもう中学三年生なんですね〜。

i愛子様

小学生の頃の愛子様は人前に出ることが恥ずかしいのかな?と思えるような大人しめの印象の子供さんでしたが、さすが中学三年生ともなるとお父さんやお母さんと共に国民の前に姿を見せてくれることが増えました。

愛子様に関しては、これまで国民の前に出ていたのは影武者だという噂がありました。その影武者も二人存在しているとか。

愛子様に似た女の子を愛子様だと言って皇室の行事でもメディアの前にも影武者を出している・・・なんていう噂が囁かれていたんです。

これが本当なのかということはわかりませんが、影武者とはすごい噂ですよねー。

なんでも、本物の愛子様のお写真と影武者が愛子様として出られた時のお写真が微妙に違うとか。例えば耳の形とか高さだったり、歯並びだったりが違うとか。影武者に内親王の着物を着せて登場しているという場面もあるとか・・・。

天皇家や皇室に関しては謎の部分や私たち一般人にはわからない秘密の部分が多々あると思いますが影武者というのはどうなんでしょう・・・?単なる噂だけなのかもしれませんが実際に私もテレビで愛子様のお姿を拝見することはありますが、もしも影武者が登場していたとしても全く気が付きません(笑)

さらに愛子様には小さい頃から発達障害かもしれないという噂もかなりあるようです。これは、愛子様が小さい頃にメディアの前での行動などが要因になっているようですね。例えば「笑わない」「喋らない」「目を合わせない」などなど、たくさん噂されていますが、これって恥ずかしがり屋さんの女の子はよくあることじゃないでしょうか?

私自身が小さい頃から人前に出るのは苦手、知らない人やたくさんの人の前では全く話せない、話しかけられても返事かうなづくしかできないという状態でしたので愛子様もこれと同じことなんじゃないかな〜と思っていました。

そもそも「発達障害」ってここ何年かで認知度が高くなってきたものですよね。ひとことで発達障害といってもその症状はさまざまで、自閉症やアスペルガー症候群、トゥレット症候群、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などに分けられ、この中でいくつかの症状を併せ持っている場合も多いと言われています。

幼稚園や小学校低学年くらいの頃には落ち着きがなかったり親が言ったことをできなかったりする子がいることは多いですよね。それが子供らしさでもあるのかもしれませんが、発達障害の子がその傾向が強く出ると言われています。

例えば、小学校の授業参観に行くと授業中なのに席を立ってウロチョロする子っていませんでしたか?

あるいは、なぜかほかの子と同じことができない子、同じことを何度言ってもわからない子、など挙げたらキリがないですが、いかにも子供ならではという感じの、先生から見ると「手のかかる子」「変わった子」と思われるタイプの子の特徴が発達障害の特徴とよく似ているんです。

近年、発達障害が世の中に広く認知されるようになったせいか、私の周りで幼稚園や小学校低学年の子供さんを持つお母さんから「うちの子、発達障害じゃないかと思うんだけど・・・」なんて相談されることがありますが、落ち着きがなかったり集中力がないというだけで「発達障害」に結びつけてしまうのはどうかと思ってしまいます。

なので、愛子様のほんの年に数回のメディアの露出で発達障害じゃないか??などと噂が出てしまうのはちょっとかわいそうな気がしてしまいます。

ちなみに世の中によく知られている有名人の中にも発達障害の人がいるのは皆さんご存知かと思います。

例えば歴史上の人物ですと坂本龍馬、エジソン、アインシュタインなどが有名なところですよね。聞いた話によると、アインシュタインは難しい数式が頭の中にもたくさんあるのにそれを文字にすることが一番難しいと言っていたとか。事実、アインシュタインの直筆の数式は全て鏡文字、つまり字が逆さまに書かれているんだとか。

また、坂本龍馬は勉強ができなくて学校を辞めさせられて、お姉さんが根気よく教えたという話も聞いたことがあります。

最近ではトムクルーズが字は読めないということが言われています。台本などを覚える時には誰かに録音してもらったものを聞いて覚えるんだそうですよ。

いずれにしても、発達障害を疑ってしまう場合には専門医には診断してもらうことが大切かと思います。

愛子様は噂によるとかなり頭がいいという噂も聞きますよね。確かにお母さんは皇太子殿下と結婚されるまでは外交官としてバリバリのキャリアウーマンだったわけで、頭もいいはずですので愛子様が頭がいいのも納得できます。

現在はもう中学三年生ということで、一般の家庭の子供さんと同様、思春期で多感な時期を迎える頃ですよね。

現在の愛子様は今年に入ってからメディアにお姿を見せてくれる回数も増えたんだとか。

春には映画の試写会に皇太子ご夫妻と一緒に訪れたり、展覧会にお出かけになったり、昭和記念公園にご一家で訪れたりと元気なお姿を見せていただく場面が多かったですね。

この時にも影武者が登場したのかどうかはわからないですが私の個人的な感想としては「影武者」登場という噂はただの噂でしかないと信じています。

数年前、女帝復活説が浮上した時には、皇太子殿下のご長女である愛子様が一番、女帝になる可能性が高いお立場だったわけですが、日本の歴代天皇の家系図では女帝が何代か存在しています。

女帝の中には、夫の天皇が崩御した後、皇后があとを継いで天皇に即位するという、いわば中継ぎのような形での「持統天皇」「元明天皇」などがおられる一方、「元正天皇」「孝謙天皇」など独身で天皇として即位した、ある意味、天皇になるために生きた女帝とがおられます。

もしも、女帝復活説が実現していたら、もしかして愛子様は女帝になるというお立場から結婚とかが難しい状況になったかもしれませんよね。

その後、秋篠宮様に男のお子さんが誕生したため女帝復活説はどこかに行ってしまったようで、今現在の皇位継承権は1位皇太子殿下、2位秋篠宮様、3位悠仁親王という順位しなっています。

いずれにしても、愛子様の影武者登場説、しかも二人も!という噂やそのほかさまざまな愛子様に関する噂は私としては単なる噂に過ぎないと解釈していきたいと思っています。

雅子様のご病気の真実

i雅子様

ここからは、皇太子妃雅子様の気になるご病気のことについてお伝えしたいと思います。

雅子様といえば、バリバリのキャリアウーマンの頃に皇太子殿下との結婚が取り沙汰されて、インタビューに「関係ありません」と答えていたことはよく覚えていますが、1993年に皇太子殿下と結婚され皇太子妃となりました。

ですが1999年に第一子を流産した後から体調に異変がおき、2003年に帯状疱疹を発症して公務をお休みしてから体調が思わしくない状態が続いてきましたね。

帯状疱疹はウイルス感染症のひとつで水疱瘡と同じウイルスから発症するということです。帯状疱疹にかかったことがある人から聞く話によると物凄い激痛なんだとか。それも、皮膚の表面が痛いんじゃなくてもっと奥の方が痛いんだとか。

帯状疱疹の痛みの出方は人によってさまざまのようで、我慢できないほど強い痛みが出る人とそうでもない人がいるようです。しかも、この痛みという症状は、帯状疱疹が治ったあとも帯状疱疹後神経痛として長期間残ってしまうこともあるそうです。

この病気はもともと体の中にウイルスが残って潜伏していて、免疫力が低下するなどした時に復活すると発症する病気で、免疫力が低下する原因が過労やケガ、大きいストレスなどが挙げられています。

雅子様はこの帯状疱疹の後、2004年には「適応障害」という診断を受け病気療養に入ったため公務などで国民の前にお出ましになることがなくなりました。

帯状疱疹がそもそもストレスが関係して発症する病気なんのようですが、このことを見ても、一般家庭から皇室に嫁ぐということの想像を超える心労が伺えます。皇太子殿下は折に触れ、雅子様のご病状は回復しつつあるとお話になっていますね。

ですが真実はどうなんでしょうか。

適応障害で公務のほとんどを欠席したり宮中祭祀に出席しない状態が何年も続いているためかバッシングがかなり起きていることもありますが、そもそも適応障害になってしまった原因や真実は何でしょう。

適応障害という病気のことも私自身よくわからないんですが、この病気も帯状発疹と同じくストレスが要因になって引き起こされる病気のようです。

ある特定の状況、あるいは出来事が本人にとってとても耐えられない状況に思えてしまうことや、いろいろなことが不安に感じたり、憂鬱な気分になったりすることで、涙もろくなったり神経過敏になってしまうという病気で精神障害の一種なんだそうです。この病気がひどくなるとうつ病になってしまうようです。

適応障害はある一定の状況や出来事がストレスとなり発症する病気のため、その原因となっている事柄から離れることで症状が改善してくるという特徴があるということですので、適応障害と診断された時に公務をお休みしたのは適切な判断だったということになりますよね。

ただ、公務だけではなく、愛子様の学校の問題や日々の生活の中にもたくさんのストレスの要因があると思います。ですので完治するまでにはもう少し時間が必要なのかなとも思います。

この適応障害という病気になりやすいタイプの人の特徴として、真面目で几帳面、心配性、責任感が強い、頑固、完璧主義、気が小さい、人の目が気になる、過去の失敗などを引きずる・・・などの性格を持つ人がなりやすいと言われています。

雅子様がもともとこのような性格をお持ちの方だったとして、皇室というあまりにも世間とはかけ離れた世界に嫁いだことのストレスや皇太子妃としてのストレス、お世継ぎ問題などあらゆる事柄が雅子様に重くのしかかりこころの病気を発症してしまったというのが真実かなと感じます。

同じ一般家庭から嫁がれてきた先輩として皇后陛下がおられますが、皇后陛下はあまりにも凄すぎて同じようにするのはかなり大変なんじゃないかと思います。

天皇家 両陛下

何しろ皇后陛下は「新しい皇室」「開かれた皇室」を今上天皇と共に先陣切って実行されてきた凄いお方ですから!例えば、それまでは皇族の子供は乳母が育てるのが常識だったのを自分の子供は自分で育てること、同じ家で生活することなどを実行し、このことで皇族方からかなりバッシングを受けたこともあるようですが少しずつ皇室のあり方を変えてきた方です。

こんな凄いお方を真似しようと思っても無理ですよね。

とにかく、雅子様の周りにはストレスになる要因がたくさん転がっているということなんでしょうね。

ですが、皇太子殿下が折に触れ「回復しつつある」と話されているように、2015年には実に12年振りに秋の園遊会にご出席されたり、2016年4月には「神武天皇二千六百年式祭」の皇霊殿の儀に両陛下の名代として皇太子殿下と共にご出席されたりと少しずつではありますが公務に復帰出来てきているという印象を受けました。この時、天皇皇后両陛下からねぎらいの言葉をいただいたんだそうです。

秋篠宮家のお噂

秋篠宮家

さて、次は秋篠宮家のことについて書いていきたいと思います。

秋篠宮家とはみなさんご存知の通り、日本の皇室の宮家のひとつですよね。当主は今上天皇の第2皇子である文仁親王で、1990年に紀子様との結婚を機に創設された宮家になります。

秋篠宮様と紀子様との間には3人のお子様がおられます。長女の眞子様、次女の佳子様、そして長男の悠仁様です。

秋篠宮様や紀子様は度々お姿を拝見することができ、ご一家での仲睦まじいシーンも何度もメディアで取り上げられていますが、この秋篠宮家にはたくさんのお噂が囁かれているようなんです。

そのひとつに皇太子殿下との確執が生じているというお噂。このお噂は遡ること秋篠宮様と紀子様が結婚当初。兄である皇太子殿下よりも先に結婚することになったのがこのようなお噂に発展したようなんですが、これは全くのウソだったことが判明しています。

秋篠宮様が皇室ジャーナリストに語った内容で、やはり皇族というお立場ですとご自身の結婚であっても自分一人で決めることはできずに天皇皇后両陛下や皇太子殿下、さらには宮内庁などに相談しなくてはいけなかったということがよくわかります。

次に長女の眞子様が幼稚園に入園された頃には「愛人がいる!」などというお噂がたちました。

これはとある週刊誌が報じたものらしいんですが、紀子様と結婚する前からタイ人の女性と親しくしていて、この女性に会うためにタイに行っている・・・とか、この女性に会うためにプライベートな時間をもっと作って欲しいと頼んだ・・・とか。

この報道に関しては後日まったくのデマだったことが判明し、この女性はタイの外務省の事務次官で通訳の女性だったということでした。

そして次に、皇太子殿下に対しての苦言会見というものがあります。

このお噂のそもそもの発端は、皇太子妃雅子様に対する加熱報道に対して皇太子殿下が記者会見の場で

「雅子のキャリアや人格を否定するような動きがあったことも事実です」

という発言をしたことから始まります。

皇太子殿下のこのお言葉に対して秋篠宮様が

「少なくとも記者会見という場所において発言する前に、せめて陛下とその内容について話をしてその上での話であるべきではなかったかと思っております。そこのところは私としては残念に思います」

というコメントをされたことから皇太子殿下と秋篠宮様が不仲では?というお噂になったようです。

ですが、この件は実は天皇陛下が発言してしまうと上から押さえることになり影響が大きくなってしまうため、それなりに発言に重みのある秋篠宮様がワンクッションになり発言したことだったんだそうです。

天皇陛下が直接、皇太子殿下に発言していたとしたら、皇太子殿下と雅子様は窮地に追いやられてしまいますからね〜。

次のお噂は、秋篠宮家が脱学習院した!ということです。

このことに関しては、学習院と紀子様が仲が悪いというお噂がたっていたようです。なぜかというと悠仁様が学習院大学の小学校ではなく御茶ノ水女子大学付属小学校へ入ったことや、眞子様や佳子様が学習院大学に行かなかったことなどからこのようなお噂がたっているようです。

お父さんの秋篠宮様もお母さんの紀子様も学習院の出身なのに子供たちは学習院に入れない・・・ということから「仲が悪い」という話になっているようなんですが、秋篠宮様や紀子様は特別、学習院へのこだわりがないというお話です。

そもそも秋篠宮様は大学進学の際、他の大学に進学希望だったようですが当時の皇族=学習院という慣習から周りの人に反対されてやむなく学習院に進学したという経緯もあったようですのでお子様たちが他の学校に入ることにはこだわりはないということで「仲が悪い」などということではなかったようです、

さらに秋篠宮家には、生活面においての東宮家(皇太子一家)との格差が凄いというお噂があるんです。

一例ですが、秋篠宮家の佳子様が成年皇族になられたご報告に伊勢神宮に参拝した時のことを挙げてみますが、天皇皇后両陛下が参拝の時は当然ですが、皇太子ご一家が参拝に訪れる時には朝から晩まで一般参拝は停止となるそうなんですが佳子様が参拝の際にはほんの10分前まで一般の参拝客が普通に参拝していたそう。

東京駅、名古屋駅、鳥羽駅での警護の数も格段に違い、宿泊先も皇太子ご一家は伊勢神宮内の内宮斎館に対して佳子様は一般のホテルだったとか。

この格差は天皇家(両陛下と皇太子ご一家)と秋篠宮家のプライベートマネーの待遇にも表れているようで、天皇家のプライベートマネーはおよそ年間3億円超えですが秋篠宮家はおよそ年間6千万円とかなりの格差があるようです。

身の回りのお世話をする職員についても、皇太子ご一家には60人ほどの職員がいる一方で秋篠宮家には20人ほどの人しかいないといったようにあらゆるところでかなりの格差があるということです。

まぁ、東宮家といえば皇位継承権第1位の皇太子殿下ですのでゆくゆくは天皇陛下になられるお方です。その部分で格差が生じるのは仕方ないことなとかもしれませんね。

ですが、世間的には秋篠宮家のみなさんがご公務に励まれているのをよく目にすることもあり、ちょっとかわいそうかな〜という意見が出てくるのもわかるような気がします。

皇太子ご一家はお子様の愛子様がまだ中学生ということで、ご公務にお出ましになる年齢ではないこともあり、秋篠宮家の眞子様や佳子様が成年皇族となりご公務に励む姿が目立ってしまうかもしれませんね。

いずれにしても、このようにいろいろとお噂がでるということはそれだけ秋篠宮家に対して国民の関心が寄せられているということかもしれませんね。

紀子様の性格とファッションは?

紀子様

何かとお噂がたくさん出てしまう秋篠宮家ですが、秋篠宮妃紀子様の性格はどのような性格なんでしょうか?

こちらも実際に紀子様を知っているわけではないのでお噂を聞いただけでしかないわけですが、よくテレビなどでお見かけする紀子様はいつもニコニコした穏やかな笑顔でとても優しそうな印象を受けますよね。

秋篠宮様との結婚が決まった時の会見ではとても柔らかい物腰とおしとやかな物言いだったように記憶しています。

最近では、秋篠宮家で料理番を務めている方の告白により紀子様がかなり厳しい人で、料理のチェックなど事細かにされることなどから職員が心労で辞めていってしまうというお話が出ています。

紀子様は見た目は大人しく弱々しい印象を受けますが、実際には自分の思ったことははっきりと口に出すタイプのようで、仕事ぶりが思わしくない職員に関しては違う人に代えて欲しいといったことをはっきりと伝えるということです。

もともと学生時代からさまざまなサークル活動をされていたりボランティア活動を積極的に行っておられたことからもわかるように、見た目とは違ってなかなかの積極的な性格のように思います。海外生活をされていたことなどからも自分の考えをはっきりと示すという習慣があるのかもしれませんね。

紀子様は職員や周りの人に厳しいと言われていますが、実はご自分にも大変厳しい人かもしれません。

それは、ご公務の前には必ず下調べを熱心にされたり、子供さんたちの学校の役員などもご公務でお忙しい身でありながら引き受けたり、悠仁様がお生まれになった後にご公務でお出かけになった紀子様は、悠仁様に母乳を差し上げるために宮邸に戻られて、また翌朝早くに公務先に戻られるということがあったりと何事にも全力で取り組まれる性格のようです。

ご自分が何事も完璧にこなすタイプの人はどうしても他の人にも厳しくなってしまい、性格がキツイと思われてしまうのかもしれませんね。

子育てに関しても、眞子様と佳子様との育て方にかなりの違いがあると言われていますが、これは眞子様が天皇陛下にとっての初孫であるという重責から眞子様にはかなり厳しく接していたと言われています。

その一方で、佳子様は少々甘くなったようで、眞子様と佳子様では性格の違いがかなりあるようです。

ですが、長女・長男と次女・次男とでは長女・長男の方が親の言いつけをちゃんと守っていわゆる「いい子」でいることが多く、性格も自分の意見を主張したりせず、自分を押し殺して我慢することに慣れてしまっている場合が多いように思います。これは、紀子様に限らず一般に長男や長女には親が「お姉ちゃんだから、お兄ちゃんだから・・・」という言葉を言っているせいかもしれません。

私自身、長女でしたので物心ついた時からつねに「お姉ちゃんだからちゃんとしないといけない」とか「お姉ちゃんだから我慢しないといけない」という意識があり、自分の意見を主張することはほぼなかったように思います。

紀子様も眞子様は長女でしたのでつい厳しく接してしまっていたのかもしれないですね。

また、悠仁様に関しては、小学校でいじめにあっているといったことがあり、紀子様が学校に抗議したという話をが出ていましたが、この場合のいじめというのは、それほどひどいものではなく大人しい悠仁様はご自分から積極的にお友達に話しかけるというようなことがないためなんとなく孤立してしまった・・・というようなことらしいのです。

この学校でのいじめ問題に限らず紀子様は悠仁様に大変気遣いをされているということです。それは、悠仁様は天皇家では41年振りに生まれた男子であり、皇位継承権第1位の皇太子殿下、第2位の秋篠宮様に次いで第3位の皇位継承権のある皇子であることから、大切な身の悠仁様を健やかにお育てすることに心を砕いているために周囲の人々に細かいことまで厳しく指示を出したりすることがあるようです。

これも紀子様の真面目で何事にも真剣に取り組むという性格の表れなのかもしれませんが、一般の家庭から皇室に嫁ぐという重責は私たちには計り知れないものがあるので紀子様は見た目ではホンワカした可愛らしい女性という印象を受けますが実はとても芯の強い女性なのかもしれませんね。

ある意味、芯が強くなければ皇室という普通とはかけ離れた世界に嫁いで生活していくことなんてとても無理かもしれないですよね。

現在は成年皇族としてご公務に励まれている佳子様ですが、学生時代には一時、紀子様との不仲説が出るようなことがありました。それは佳子様の奇抜なファッションについて注意したことから喧嘩になったという話でしたが、実際にはメディアの前に二人でおそろいのようなファッションでお出ましになることが度々あり、不仲説はまったくのデマじゃないかと思います。

紀子様がご公務でお召しになるファッションはいつも上品でセンスのいいファッションですが、とても着まわしが上手なことに驚きます。

同じジャケットを着用していても、コーディネートでまったく違った衣装のように見える着まわしファッションをされていたりすることがよくありますよね。

紀子様は倹約家だというお話も聞いたことがありますが、ファッションも上手に着まわして必要以上に衣装を購入することがないようにしているのかもしれませんね。

ちなみに、紀子様がご公務で着用されているスーツやドレスは西田武生さんというファッションデザイナーが専属だそうです。この方はエレガントな大人の女性のファッションを得意としている日本を代表するファッションデザイナーのひとりとして知られ、皇室や芸能関係者から支持されているという方です。

こうして見ていくと、紀子様について「性格がキツイ」とか「したたか」などという噂が出たり、職員に対する叱責がひどいというような噂が出ていますが、結婚されてから今までご公務を一生懸命こなし、三人のお子様を立派な皇族にお育てになり・・・同じ女性という立場でありながら関心してしまうというのが私の個人的な感想です。

私は天皇家は日本国民の誇りであり、これから先も末長く続いて欲しいと願っている天皇家・皇室好きの人間ですのでできれば悪い噂などは聞きたくないというのが本心です。世の中にはデマや根拠のない噂が絶えず流れているという時代ですができればいつも明るいニュースだけを拝見したいと願ってしまいます。

今回は「天皇家・皇室の謎と秘密(愛子様・雅子様・秋篠宮様・紀子様)」というテーマでさまざまな情報をお届けしました。

スポンサードリンク



関連記事

ページ上部へ戻る